ホテルマンのシエスタより


シエスタの
音楽のある風景

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Hammond organ Piano Guitar


音楽とは、本人が音楽に一番関心を持った時の音楽がその人の音楽の基本となるような気がします
私が最初音楽で影響を受けたのは、多分中学生だったと思いますが、古い映画を上映する名画座でピエトルジェルミ監督の鉄道員を見た時でした。
あのギターの音が頭からはなれませんでした。
その後、17才ぐらいだったとと思いますが、これも映画”禁じられた遊び”でのギターでした。
さっそくギターを買います。近くに音大受験のお兄さんがいて教えてくれました。
約3ヶ月ぐらいで完璧に弾けるようになりました。
そのお兄さんはフラメンコが大好きで一緒にフラメンコギターも教わることとなります。
そして、多分、18才頃だと思いますが、なんと、あの、ベンチャースが秋田に来たのです。
頭ガーンです。そして、私の基本リズムは、8ビートに決定しました。

その後の音楽との出会い。

ホテルに入ってからしばらく経って、ヤマハのエレクトーンを見た時、これはすごい楽器だ!と感動。多少、ピアノの基本があったのでヤマハ音楽教室に通います。約3ヶ月で一応の曲が弾けるようになりました。エ!おれ!天才ジャン。大きな思い違いが始まります。その頃エレクトーンが全盛時代。ホテル、レストラン等いたる所に生演奏が入っており、その「トラ」のアルバイトを始めます。そして、自称天才少年は思い違い人生を始めます。ホテルを辞め、音楽活動開始です。最初、その頃の日本に数台しかなかった、憧れだったハモンドオルガン(B3型)を池ヶ谷ヤスオさんが持っていて、弟子になりながら、1日5ステージハモンドのソロをクラブやキャバレーで演奏する生活が続きます。
   ※池ケ谷さんのYouTubeメッケ → クリック
その後、ロックバンド、コーラスバンド、そして新宿でのジャズピアノトリオを最後に、また、ホテルマンに戻る事となりました。自称天才少年は、思い違いに気づくまで3年の月日が流れました。
クラブやキャバレーでの演奏活動中は色々な芸能人と楽屋が一緒か隣りどおしでした。(松島明さん。三田明さん。淡谷のりこさん。マギー史郎さん。紙切りの人。蛇使いの人。ケーシー高峰さん。ラッキー7(ビートたけし)さん。クールファイブさん。その他TVで活躍中の人がいっぱい)  バンドでは、有馬徹さんや原信夫さん、団イケダさん等。
その時気付いたのは、先ほどのベテラン以外で、キャバレー回りをしている人たちの中には、音楽の基本をしっかり身につけ、、顔良し、スタイル良し、ダンスもうまく、歌最高という才能溢れる人が沢山いました。ただ、チャンスに恵まれないだけなんです。今は、譜面もあまり読めない歌手がTVに出ている。・・・。チャンスは平等に来るといいね。がんばって。
あ!それから、先ほど、8ビートの話をしましたが、8ビートとは、1小節に8ツのビートを持っている事です。わかりやすく言うと、ビートルズとか、グループサウンズなどのリズムです。あの後、アグネスチャンの「ひなげしの花}や曲で「アローン・アゲイン」などの16ビートが出てきた時は驚きました。一応は出来ますが、ほんとうの意味で乗り切れないのです。特にドラムの人はきついみたいです。もちろん、その時代のリズムを完全に取り入れていくミュージシャンもたくさんいますが。 
                                  ※トラ=プレーヤーが休みを取りたいとき替わりに演奏する人。
(エキストラ)



ハモンドオルガンB3
ベースペダルが2オクターブあります
■これが、ハモンドオルガン ビースリー

当時(ず~とむかし)は、エレクトーンが30万円ぐらいの時、B3にレスリースピーカー2台つけて、300万円近くしました。
足のベースは2オクターブあります。
俳優の高島忠夫さんも持っていました。TVの11p.mで最後に小曽根実さんが弾いていたアレです。

このハモンドオルガンB3を使った私の大好きな曲が2曲あります。
①Earl Grand の Ebb Tide(引き潮)  ②Procol Harumの A Whiter Shade Of Pale (青い影)

また、何故か、ハモンドは、このシンプルな「B3」型がプロに人気で、色々な機能のついた新型は売れませんでした。

ハモンドオルガンについては、教会のパイプオルガンが高価なので、小さな教会用に開発されたのが始まりです。
因みに、NHKホールのパイプオルガンは、当時3億円しました。

ここで、バンド用語を少し解説します。

バンド仲間同士では特別な言葉を使います。一般でも多少使われているものもありますが。
まず、数の数え方から。 (CDEFGAB・・・)
1=ツエー/2=デー/3=イー/4=エフ/5=ゲー/6=アー/7=ベー 
※バンマス!今月ネーカピンチなので、ツエーまんゲーせんバンスできない?
意)1万5千円アドバンス(前借)したい・・・

そして言葉は、中から後ろに行って前に戻る言い方をします。
喫茶店=サテン/綺麗=レイキ/バンド=ドンバ/珈琲=ヒーコ/ets・・・
※バンド用語から一般化した言葉はけっこうあります。

この頃は今より頭の髪の毛が沢山たくさんありました。 (注)今でもあります。・・・この時ほど・・・無い・・・という意味。)
最近、頭髪がいっぱいあるヤツを見ると特にイミもなく何故か腹がたちます。
こらあ!しっかりバリカンをいれろ。髪はとかせ。もみあげは揃えろ。・・・失礼しました・・・。
ミュージシャン時代


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頭に髪の毛がいっぱいあって、けっこう真面目に生きていた頃

バンドマン時代のチョット面白いお話


DeveBrubeck


鬼太郎
【キャバレー&一流クラブ】
ず~とむかし、私がキャバレーでハモンドオルガンを弾いていた頃のこと。当時、一流クラブと言えば、スカルノ大統領が通ったことでも有名な赤坂のコパカパーナやミカドが超有名でした。ビックバンドが入り、毎日有名芸能人が出演します。その時代の成功者達が集まりました。横浜にもブルースカイを始め、クリフサイド、ナイトアンドデイなど沢山有名な所がありました。キャバレーでもてるには、まずお金があり、オシャレで会話がうまくなくてはいけません。そして必須アイテムはダンスです。まずこっそりダンススタジオに通います。そして、ブルースから始まり、マンボ・ルンバ・ジルバ・チャチャ・タンゴ・ワルツと覚えていきます。もちろんホステスさんはみんな踊れました。今、考えるとみんなオシャレでイキでした。まず、キャバレーの前に車(外車かスポーツカー)で乗り付けます。すると、制服姿のボーイが飛んできて、カギと車を受け取ります。ここでチップ。渡し方がうまく、受け取り方もうまい・・・。トイレもチップ・・・。フロアのボーイにもチップ。すべてチップ。ポケットの中には、チップ用に紙幣を折り畳んで何枚か用意しています。・・・イキです・・・。動機は別として、キャバレーに出入りしていると自然に紳士が出来上がる・・・というような所でした。
【ダンス】
グランドキャバレーだと、ホステスさんが100人以上います。飲んで、ショーを見て、踊って、を繰り返します。でも、みんな踊ってしまうとお客様のほうがホステスさんより多いのでボックスにお客様だけ取り残される状態になります。さあ、支配人の出番です。バンマスに「テイクファイブ」をリクエストします。ふつう、お客さんもホステスさんも強者で、どんなリズムでも合わせて踊ってしまいます。が、あれ!おかしい・・・?なんで?急に私、踊り下手になっちゃった・・・と行ってボックスにもどります。成功です。だれも気が付きません。答えは、この曲は4分の5拍子なのです。アメリカのJAZZピアニストのDeveBrubeckが休憩時間に遊びで作ったといわれています。最近の曲では、映画、ミッション・イン・ポッシブルのテーマ曲がそうです。
【ブルーノート】
JAZZでよく、ブルーノートという音階をつかいます。    C  E♭ F F# G B♭ C
この音階をつかっている皆さんのよく知っている曲が日本にあります。さて、なんでしょう・・・?。答え=ゲゲゲの鬼太郎です。・・・・ハイ・・・。  ゲ!ゲ!ゲゲゲのゲ~エ・・・。
【即興】
あと、ミュージシャンが遊びに来た時などは、よく、A7で!と言います。
このコードを使って即興でJAZZブルースを演奏したりします。
A7 A7 A7 A7 |D7 D7 A7 A7|E7 E7 A7/E7|を繰り返しながらバッキングしたりアドリブしたりします。

 E M ク ラ ブ
    (ENLISTED MENS CLUB)

EMクラブ建物

在日米海軍 下士官クラブ


その建物は、私鉄京浜急行電鉄の汐入駅(横須賀市)の16号線沿いにあった。

この建物は、1945年の敗戦までは、日本海軍の下士官・兵集会所だったが、その後、米国海軍に接収されて「EMクラブ」となった。
1983年、在日海軍横須賀基地正面わきに新しく、「アライアンスクラブ」が建設されたのでEMクラブはその幕を下ろした。
そして、戦後、日本の沢山のジャズミュージシャンを育てたこのクラブは1990年秋、解体され、姿を消した。

当時、ここに米水兵や下士官たちが溢れていた。
建物の中には、中華レストラン、ピザ専門店、スキヤキ店、大食堂、ダンスホール、バー、劇場、ビヤホール、スロットマシン遊技場、ボウリング場、卓球場、ボクシングジム、PX、図書館、銀行、宴会場、スナック、カクテルラウンジ、サンルーム、テニスコートがあり、最盛期には、650人の日本人従業員が働いていた。

当時は、アメリカで流行っている曲の楽譜をEMクラブが赤十字を通じて米本土から取り寄せてくれた。
それを元に日本人ミュージシャン達は勉強しそして日本中に広めていった。
また、高価な楽器類も倉庫にいっぱい積まれており、それを自由に借りる事ができたそうです。
今も返さないで大事にしているミュージシャンもけっこういらっしゃるようです。


クラブのパーティ ホール ステージなどに出演した日本人ミュージジャン

●デュークエイセス      ●まだ学生だった頃のダークダックス   ●渡辺弘とスターダスターズ      ●江利チエミ  
   ●ティープかまやつ     ●白木秀雄     ●平岡精二     ●松本秀彦      ●八代一夫  
●リリオリズエアー   ●原信夫とシャープ&フラッツ     ●松元文男とミュージックメーカーズ      ●ペギー葉山 
   ●雪村いづみ      ●山下洋輔       ●ジョージ川口     ●笈田敏夫        ●鈴木章治   
●フォアコインズ     ●東京キューバンボーイズ    ●クレージーキャッツ       ●渡辺貞夫       ●伊東ゆかり 
   ●世良譲        ●弘田三枝子        ●藤家虹二   ●薗田憲一        ●その他
      
私がバンド時代、あれはたしか、横浜の今はもうありませんが関内近くのキャバレー”ミカド”だったと思います。
階段で一人クラリネットのタンポンを修理しながら、年輩のミュージシャンが私に向かって、「今の若い人はかわいそうだね。昔は米軍キャンプに2日も行けば1ヶ月遊んで暮らせたんだよ」と言っていた事が思い出します。

私も、取り壊しになる前ですが、2度、EMクラブで演奏したことがあります。
その時はコーラスバンドでキーボードとシンセサイザー担当。
いつもは上下きっちりのホスト風スーツ姿が、何故かジーンズとスカジャンで来いと事務所からのお達し。
へ!なんで?。そしてEMクラブにいったら、その時、原子力空母カールビンソンの乗組員千人以上がクラブの劇場にビッシリ。
たばこの煙で向こう側が霞んで見えません。
そしていきなり「ジョニー・B・グッドから始まりロックのオンパレード。なっとく。メンバーは、アンプのボリュウムを最大限に上げてガンガンいきます。
え!こいつらいつものやつらと違う。そういえば楽器は、ギターはギブソンのテレキャスターにアンプはフェンダーのツインリバーブ。足元にはエフェクター群。
フェンダーのベースにマーシャルのアンプ。ボーカルもなんと言ったかハイアット・・・かな?忘れましたがすごく高いヤツといってました。
僕はエーストーンGT7のキーボードにローランドのシンセサイザー、そしてレスリースピーカー。
俺たちは、この楽器でおとなしくコーラスバンドやっていたのがおかしかったのです。
こっちが真の姿だったのです。

という訳でこの日はスッキリでした。

でっかいハンバーガーに特大コーラ。アメリカでした。

正面入

バンケットホール

JAZZライブショウ

取り壊される直前のステージ


ところで、あなたの好きなロックギターの曲・・・は?

米音楽誌ローリング・ストーンで、ギター演奏を前面に出したロックの歴代の名曲100曲を発表し、第1位にロックンロールの創始者とされ、多くのミュージシャンに影響を与えたチャック・ベリーの「ジョニー・B・グッド」(1958年)を選出した。
2位は強烈なソロ演奏で知られたジミ・ヘンドリックスの「紫のけむり」(67年)、3位はエリック・クラプトンらが結成したクリームの「クロスロード」(68年)。以下、「ユー・リアリー・ガット・ミー」(キンクス)、「ブラウン・シュガー」(ローリング・ストーンズ)、「暗闇の爆撃」(ヴァン・ヘイレン)、「ホワイル・マイ・ギター」(ジェントリー・ウィープス)、ビートルズと続き、60、70年代の曲が上位を占めた。
           Chuck Berry            Jimi Hendrix          Eric clapton              J



ロックンロールとポップス

ロックンロールの神様 ポップスの王様
エルビス・プレスリー マイケル・ジャクソン
あのビートルズやストーンズなどその他たくさんの有名なミュージシャン達が憧れ、影響を受けた人。
エルヴィスが音楽界に登場した1950年代は、まだロックと呼ばれるものは生まれてなく、そんな時代にエルヴィスは、黒人の音楽(R&B)と白人の音楽(カントリー&ウエスタン)をこの世で初めて融合したロックンロールという音楽を生み出した。
当時のアメリカは黒人と白人の差別がすごすぎて、黒人の歌を白人が歌ったり聴いたりすることは考えられない時代だった。
2009年6月25日、米歌手マイケル・ジャクソンがロサンゼルスの自宅でで急死。全世界に衝撃がはしった。
マイケル・ジャクソンは「ポップの王様」とも呼ばれ、「スリラー」や「ビリー・ジーン」の多くのヒット曲を発表。コンサートでは片手だけに手袋をしたドラマチックな存在感を示し、革新的なダンススタイルは世界中で多くのファンがまねるほどだった。特に「スリラー」は、現在までに全世界累計で1億400万枚以上のセールスを記録し、史上最も売れたアルバムとしてギネスブックに認定されている。
ギネスには、ソロで最もシングルを売ったアーティスト、最も成功したアーティスト、世界で一番ファンクラブが多いなどの記録が今でも残っている。 史上もっとも売れたアルバム(ギネスブック認定)
THRILLER (ここの歌詞カードを見ながらスリラーを聞くと楽しめるよ)




夢の共演
  We Are The World 



ウィ・アー・ザ・ワールド
動画/歌手・日本語訳付き


クリック
ウィ・アー・ザ・ワールド(We Are The World)は、1985年にアメリカで発売された歌で、著名なアーティストが「USAフォー・アフリカ」として集結して完成させた。
ハリー・ベラフォンテの構想をもとに、イギリスで活躍するミュージシャン、ボブ・ゲルドフが提唱したバンド・エイドの成功に触発されてアフリカの飢餓と貧困層を解消する目的で作られたキャンペーンソング。
作詞・作曲はマイケル・ジャクソンとライオネル・リッチーが共作で行い、プロデュースはクインシー・ジョーンズが担当した。

<参加アーティスト>
アル・ジャロウ/ウィリー・ネルソン/ウェイロン・ジェニングス/キム・カーンズ/クインシー・ジョーンズ(プロデューサー及び指揮)/ケニー・ロギンス /ケニー・ロジャース/ジェフリー・オズボーン/ジェームス・イングラム/ジャッキー・ジャクソン/シンディ・ローパー/シーラ・E/スティーヴィー・ワンダー/スティーブ・ペリー/スモーキー・ロビンソン/ダイアナ・ロス/ダリル・ホール&ジョン・オーツ/ダン・エイクロイド/ディオンヌ・ワーウィック/ティト・ジャクソン/ティナ・ターナー/ハリー・ベラフォンテ/ヒューイ・ルイス&ザ・ニュース/ビリー・ジョエル/ブルース・スプリングスティーン/ベット・ミドラー/ポインター・シスターズ/ボブ・ゲルドフ/ボブ・ディラン/ポール・サイモン/マイケル・ジャクソン/マーロン・ジャクソン/ライオネル・リッチー/ラトーヤ・ジャクソン/ランディ・ジャクソン/リンジー・バッキンガム/レイ・チャールズ




JAZZ関連ビデオ紹介

■ムチャクチャな時代に、ガムシャラに夢を追いかけた5人の若者たち。友情、人生、そしてJAZZ。すべてはここから始まった。
進駐軍のクラブをテーマとした5人のミュージシャンの物語のビデオを紹介。
多分、その頃の方達が見たら懐かしく思うでしょうね。 (2003年の作品です)

<出演>萩原聖人・オダギリジョー・MITCH・松岡俊介・村上淳

1947年。敗戦国日本に次々と派遣される米国進駐軍。軍楽隊出身のテナーサックス奏者萩原は、ベースの松岡、ピアノの村上、トランペットのMITCH、ドラムのオダギリと共に、ジャズバンド「ラッキーストライカーズ」を結成し、米兵相手に武器を楽器に変えて、自分の人生を切り開こうと演奏を続けていた。やがて音楽を通じて、かっての敵である米兵との間に友情が芽生えるが、平穏な日々は長く続かなかった・・・。




ストラディバリウス
Antonius Stradivrus


ストラスディバリウスを使用したコンサートに行って来ました。場所は溜池のサントリーホール。
今回、日本に集められ演奏に使用されたストラディヴァリウスの名器は11台(ヴァイオリン7台、ヴィオラ2台、チェロ2台)です。
また、この名器を演奏する為に世界中から11人の名演奏者が集まりました。まさに奇跡です。
曲目は、モーツアルトから始まり、ヴィヴァルティ、バッハ、チャイコフスキー、ショパン、その他全12曲。すばらしいいコンサートでした。

 

ストラディヴァリウスとは
アントニオ・ストラディバリ(1644-1737)

今から300年前ほど前、イタリアの西北部、クレモナで活動。16世紀後半にバイオリンの原型が登場し、これを完成させた一人がストラディスヴァリウスと言われている。
生存中制作したバイオリンは約1100挺といわれ、その内600~700挺が現存するそうです。その他に、ヴィオラやチェロも約50~60挺制作。
ストラディバリウスはバイオリニストや収集家の羨望となり、鑑定書つきの「ストラディバリウス」は2000台ほど出回っているといわれ、贋作やコピーの多さにびっくりです。
普通、1挺2~10億円しますが、昨年ニューヨークのオークションでもっとも人気の高い18世紀初頭のモデルが4億円で落札されたとの事。(上中の写真)
※この落札されたストラディバリウスは、米国を拠点に活動するバイオリニスト竹澤恭子さんが貸与を受け、約1年前まで使用していたものだそうです。

日本では、関ヶ原の戦い。鎖国の始まったころ、ストラディスヴァリは、イタリアの屋根裏部屋で、コツコツとバイオリンを造っていたのです。


弦楽器の違い (YAMAHA) → クリック


Kiso Suzuki Violin.Co.Ltd
Copy of Antonius Stradivrus1 720 Anno 1967 No.6 1/10 japan
12年ほど前、顔見知りのアンティークショップのご主人が、非常に良くできたストラのミニコピーを安く手に入れてくれました。今も大事にしています。しっかり音も出ますよ。
SIZ=39Cm
日本製)

■人気の高いバイオリン協奏曲は・・・

すべてのヴァイオリン協奏曲の中でも特に人気の高い曲が、メンデルスゾーンのバイオリン協奏曲ホ短調とチャイコフスキーのバイオリン協奏曲ニ長調です。この2曲はLPレコード時代から組み合わせて収録されることが多く、(2曲あわせて)「メン・チャイ」の略称で親しまれてきました 。ベートーヴェン,ブラームスのバイオリン協奏曲と合わせて「四大バイオリン協奏曲」と呼ばれることもあります。


■私の好きな曲 <バイオリンの名曲> ☆ツィゴイネルワイゼン 「パブロ・デ・サラサーテ」

スペインの作曲家、サラサーテが1878年に作曲したヴァイオリン曲。ツィゴイネルワイゼンとは、「ジプシーの歌」と言う様な意味。(ツィゴイネル=英語でジプシー)
サラサーテは、パガニーニ、ヴィエニアフスキと並んで世界の3大ヴァイオリニストと言われた。
この曲は、普通、フルオーケストラをバックに、ヴァイオリン1本で弾くが、小さなリサイタルなどではピアノとバイオリンで弾くこともある。ともかく相当のテクニックを要するそうです。
天才だったサラサーテが曲を作って最初に弾くのが自分なので、もてるテクニックをみせるにはちょうどよかったかも・・・。



世界初のガラス製バイオリン    玻璃王バイオリン」
<日本の技術>
世界で初めて耐熱ガラス製バイオリン。この「玻璃王バイオリン」は、構想段階から完成までに約半年、 14名のスタッフが取り掛かり、制作費は550万円(金型費350万円を含む)。
試作段階で20本成形し、最終的に完成したのは2本。
1本は川井郁子さんが演奏活動に活用。 (写真:右)
もう1本はハリオグラス本社にて保管されている。

実際の音色は、共鳴板の違いのために独特の響きと味わいがあるとのこと。


 新宿駅西口クラブで  JAZZを弾いていた頃       
   = Click =


音楽の話 つづき

◎音楽には大まかに下記の種類に分類されます。

■J-ポップ ■ロック ■R&B ■ヒップポップ ■パンク ■演歌   ■アニメ  ■民謡   ■J-インディ ■ハードロック ■ヘビーメタル  
■ソール ■ファンク   ■フォーク ■ジャズ ■フュージョン ■ブルーノート ■クラブ ■テクノ ■ハウス■トランス ■ユーロビート 
■レゲエ ■スカ ■ダブ ■ワールドミュージック ■K-ポップ ■宗教音楽 ■ゴスペル ■クラシック ■サウンドトラック

※音楽はどんどん細分化されているというより、新しい感覚で進化しているような気がします。ただ、従来のように永遠に残る名曲が生まれるかは解りません。
理由:昔の曲で今も歌われている曲は、詩を書く専門家と曲を創る専門家のプロ同士の共同作業で出来たものが多いようです。
最近の曲は、シンガソングライターや、今、、アメリカやラテンでヒットしている曲やリズムを取り入れ、、現代風にアレンジしているだけの曲が多いように思います。
それをCMとタイアップして連続して流す。本当にいい曲なら、世界的にヒットしてもおかしくないのは今の世の中なのです。
ただ、戦後、秋吉久美子さんや渡辺貞夫さんたちが作っってくれたジュリアードへの道や、ヤマハエレクトーン音楽教室が日本人の音楽のレベルが全体に上げたのは確かです。
既に、クラシックやジャズでは世界で活躍しているアーティストが沢山います。ポップス界では、「Y・M・O」や「パフィー」以来出てきていません。
これから期待です。

◎最近みんながよく使う 「アカペラ」ってなに?

   
a cappella= (イタリア語. 元は「礼拝堂風に」の意. 今は一般には無伴奏の歌唱の様式に用いられる)




◎カンタービレってなに?

  
cantabile 音楽で、発想標語のひとつ。「歌うように」の意味

※そういえば、クラシックをテーマとした ”のだめカンタービレ”・・・よかった。  今、2008年の正月用に新しく特別版を作っているそうです。
この少女まんが原作の音大を舞台にした学園コメディは、むかし、ヤマハエレクトーン教室が日本の音楽全体のレベルを上げたように、、日本の少女たちに、クラシック音楽の芽を確実に植え付けたようです。将来が楽しみです。
クラシックの楽しさをコミカルに、そしてわ解りやすく表現したこのドラマを作ったプロデューサーとフジテレビは・・・エライ・・・(^^)/
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■ 「のだめカンタービレ」 映画化 
コミックが全21巻で2,900万部を売り上げ、テレビドラマでも大人気を博した「のだめカンタービレ」が、とうとう映画化されることが発表された。また、2部作となることも決まっており、その期待の大きさがうかがえる。もちろん主演はテレビドラマと同じく、野田恵役に上野樹里と、千秋真一役を玉木宏が務める。映画版ではヨーロッパロケが予定されており、スケール感、そしてオーケストラの生演奏さながらの大迫力演奏で音響もグレードアップする。

外で音楽を聞くときは


自分にあったイヤホーンが大事
音楽を外で聞く時に使うイヤーホンはどんなものでも同じ?との質問が・・・

イヤーホンはとても大事で、イヤホーン次第で音楽がまったく違う感じに聞こえます。
イヤホーンは、オモチャから高級クラスまであるが、個々の好みもあり、量販店で視聴出来るので、自分の音楽プレーヤーを持って行き、聞き比べるのが一番いい方法です。
ただ、この場合、歴然と差がわかるので、この辺で・・・とある程度妥協することも必要です。
まず最初は、5千円~1万円ぐらいから始めるといいでしょう。
もし、それで満足できなくなったら、少しづつランクを上げて行きます。
たまに際限無くハマる人がいるので気をつけましょう。
※因みに”ガガ”が好きなペングーさんはBOSEを、私はSHUREを使っています。

参考)イヤホーンへリンク

◎マイクのチェックの時、PAの人はどうして「チェック・ワン・ツー」というの?

ライブ会場などで、PA(音響さん)がマイクチェックされている現場を見たことありませんか?

そこでよく飛び交う「チェック・ワン・ツー」というフレーズについて。 → クリック

※ボーカリストの方でマイクチェックする際にも参考程度に覚えておきましょう。

◎この間、フジコ ヘミングをTVで見ていて、最初なんとも無かったのですが、食事の為、TVから目を離し、音だけ聞いていたら 、スゴイ。この人、”のだめ”ダ。と思いました。
ピアノが歌っているのです。気になって、CDを買ってきて、家にあるショパンとフジコヘミングのショパンを聞き比べてみました。
フジコヘミングのショパンは最初、安定感が無いように聞こえますが、何度も聞いていると、みように心が安まってきます。
スゴイティクニックを駆使して自由に弾いていたのです。

もう一つのショパンも、華やかで力強く正確。もともとショパンが大好きなのでどちらもいいですが、今はフジコヘミングを毎日聞いています。

※サントリーホール(東京・溜池)でのコンサート、素晴らしかった。



◎モーツアルトやバッハは白いロングカールのヘヤースタイルなのに、ベートーベンの頭はボサボサ。・・・なぜ?
フランスのルイ14世が流行らせた白いロングカールのカツラが宮廷のの正装となった。その為、貴族をパトロンに持っている音楽家達もそれにならったのです。
では、なぜ、ベートーベンはカツラをかぶらなかったかと言えば、彼は貴族をパトロンとしなかったから。
だから別にマナーなんて関係なかったのです。
ベートーベンは自分の音楽をつくった後、それを貴族に売り、彼らと対応に取引した最初の音楽家だったのです。

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<DVD紹介>  「敬愛なるベートーベン」
歴史上、最も偉大な音楽家の一人とされるルートヴィッヒ・ヴァン・ベートーヴェン。子供の頃に視聴が不自由になり、それでも演奏、作曲で天才的な才能を示した事でも知られる。
本作は、彼の代表作でもある「第九」を生み出すまでにスポットを当て、天才の晩年の姿を描き出す。この作品は、2006年公開の映画です。
(現在レンタル中)   ※若かかりし頃、ドイツのボンにあるベートヴェンの家を訪ねた事があります。懐かしく拝見しました。

お薦めDVD  「愛情物語」   この映画は1955年の作品です。
1930年から20年間にわたり甘美な演奏で全米を風靡した音楽家エディ・デューチンを主人公とした映画で、デューチンと親交のあったレオ・カッチャーがオリジナル・ストオリイを執筆し、サム・テイラーが脚色し、「ショーボート」「悲恋の王女エリザベス」のジョージ・シドニーが監督、「野郎どもと女たち」のハリー・ストラドリングが撮影、音楽は「ピクニック」のモリス・ストロフが担当している。
なお、この映画の中のピアノ演奏は名手カルメン・キャヴァレロが吹き込んでいる。(映画全体をショパンのノクターンで包み込み、超有名に)
主演は「長い灰色の線」のタイロン・パワー、「ピクニック」のキム・ノヴァク、新人ヴィクトリア・ショウなど。押さえておきたい作品です。


お薦めDVD  「永遠のモータウン」   この映画は2002年の作品です。
1959年、ベリー・コーディはレコード会社をミシガン州デトロイトに設立した。録音用にジャズとブルースの精鋭を集める。以来14年間、彼らはモータウンの数々のヒット曲に心臓の鼓動を与え続けた。画期的な演奏集団によるNO1ヒットの数は、Bボーイズ、ストーンズ、エルビス、ビートルズの合計を上回わった。
マーヴィン・ゲイ、ダイアナ・ロス&シュプリームス、スティーヴィー・ワンダー……と、'60~'70年代、多くの偉大なミュージシャンを生み出したモータウン・レコード。それらミュージシャンと肩を並べて称賛されるべき存在でありながら、初期のモータウン・レコードではバックバンドのクレジットを入れる習慣が無かった為、今までスポットを浴びることのなかった男たちがいる。その名はファンク・ブラザーズ。この作品は長年にわたってレコーディング・バンドを務め、数々のナンバーワン・ヒットを生んだ彼らの、音楽史に記すべき功績を追ったドキュメンタリーです。 
映画、「ドリーム・ガールズ」と合わせて観ると尚楽しめますよ。お薦め。

◎DVD紹介。  「RAY」   この映画は2004年の作品です
”ソウルの神様”と呼ばれたレイ・チャールズが音楽で成功を収めるまでの心の葛藤を真実に基づいて描いた人間ドラマ。
これを、名優ジェイミー・フォックスが演じアカデミー賞を取る。ともかくスバラシイ!。まるでレイ・チャールズが乗り移ったかのようです。(最初、本人かと思いました。ほんとうです)
レイ独特の歌とピアノ。なつかしいあの歌が青春の思い出と共に押し寄せてきます。(ホワット・アイ・セイ、わが心のジョージア、その他) お薦めです。
※むかし、私の音楽の先生の池ヶ谷さんが、レイ・チャールズの歌がうまく、そっくり。よくステージで自分のビックバンドをバックにピアノ弾きながら歌っていた事が思い出しました。



※音楽を聴くと言えば、昔はSONYのウォークマンでした。歴代機種です。 ➡ クリック





Room of the siesta Christmas of 2016