ホテルマンのシエスタ
NHK 受信料の謎
いつの間にやら改悪放送法が成立
NHK不払い者に「割増金徴収」で次は「ネットでも受信料」
早稲田大学教授 有馬哲夫
1953年生まれ。早稲田大学卒。東北大学大学院文学研究科博士課程単位習得。
メリーランド大学、オックスフォード大学などで客員教授を歴任。著書に『原発・正力・CIA』『歴史問題の正解』など。
◆時代に逆行の法律で「契約の自由」侵害
◆雀の涙「値下げ」と抱き合わせで目くらまし
◆強制的に「罰則的徴収」を許していいのか
◆世界の公共放送の潮流は受信料廃止
改正放送法を可決した参議院本会議
ネット配信にも意欲を燃やす前田晃伸NHK会長
受信料不払い者には「割増金」を請求できる改正放送法が国会で可決されてしまった。
各国の公共放送が受信料撤廃の傾向にある中、日本だけ懲罰強化というおかしさ。
そこには、放送ではないネット配信にも受信料を課そうとるるNHKの思惑すら透けて見えるのだ。
6月3日、なんの前触れもなしに、放送法の改正法案が国会で通ってしまった。
その中で問題なのはNHK受信料に関わるものだ。
その中身は、
@NHKが受信料を強制的に徴収してきたことによって貯め込んだ剰余金を原資として今後受信料を値下げしていく。
A正当な理由もなく受信契約を結ばない世帯にNHKが割増しした料金を要求することを可能にする。
どんな議論があったのかわからないまま出されたこともだが、このように@とAと抱き合わせで出されたことも大いに問題だ。
値下げと追徴金罰則を抱き合わせて出して、国民の目を問題の核心からそらそうという意図がミエミエだからだ。
イギリスでは、許可料(日本のNHK受信料にあたる)の不払いを処罰するのをやめる方向で検討中で、許可料そのものも方向性としては廃止に向かっている。
イギリス以外でも、世界の公共放送は、すでに受信料を廃止したか、イギリスのように廃止する流れになっている。今度成立した改正法はこれに逆行するものだといえる。
これまでの放送法では、NHKと契約しなければならないとしながらも違反者に対する罰則はなかった。
ところが今回は、未契約者にNHK受信料の追徴金を科すという。
これは、回りくどいが、受信契約義務違反に罰則を設けるということだ。
正面切って受信契約義務違反に対して罰則を科すといえば、相当の抵抗を受けるので、このような狡猾なやりかたで、国民が問題の本質に気づかないようにしている。
ただし、共産党の宮本岳志衆議院議員はこれを見抜いたようで「懲罰的徴収」だと衆議院総務委員会で批判している。
なぜ、これまで、受信契約義務違反に罰則を科すことに国民の反発があったかといえば、そもそも契約の自由があるのに、それを踏みにじって法によってNHKとの契約を強制することに無理があるからだ。
たとえば「新聞法によって国民はみな朝日新聞と購読契約する義務がある」としたらどうだろうか。
こう例えれば、放送法がどのくらい不条理なことを国民に強いているのかわかるだろう。
近く上梓予定の拙書『受信料の研究』でも引用しているが、放送法の制定に関わった電波監理委員会文書課長の荘宏ですら、のちに自署『放送制度論のために』で次のように言っている。
「契約するしかないかの個人の自由を完全に抹殺する規定を法律で書き得るかについては大きな疑問がある。
さらにこのような法律が仮に制定しうるものとしても、この制度の下においては、名は契約であっても、受信者は単に金を取られるという受け身の状態に立たされ、自由な契約によって、金も払うがサービスについても注文をつけるという心理状態からは遠く離れ、NHKとしても完全な特権的・徴税的な心理になり勝ちである」
荘は放送法制定当時、受信契約強制も受信強制徴収も反対するGHQに対し、それらが組織維持のために必要だとする逓信官僚とNHKを擁護する側にいた。
それでも、このように受信契約強制と受信料強制徴収が違憲であるという認識を強く持ったのは、もともと日本放送協会は戦前の無線電信法でいう私設無線電話施設者、すなわち、私的に放送を始めた民間業者で、戦前・戦中に軍国主義プロパガンダを流して軍部と一体化したものの、その本質に変わりがないことを荘が知っていたからだ。
それは戦時中朝日新聞が東部と一緒になって国民を戦争に駆り立てても、営利目的の民間企業に変わりないのと同じた。
国民の目をそらすために
このような背景から、放送法で受信契約を義務づけながらも、違反に関して罰則規定は設けない、いわば訓示規定にすることで落ち着いた。
そして、受信契約義務は放送法によって定めるが、受信料の支払い義務は日本放送協会放送受信規約によって定めるという、まことに奇妙な矛盾した現在の受信料制度が存在することになった。
その後、NHK受信料の支払いを義務化しようとした法案が、1966年と1980年の2度、国会に提出されたが、どちらも通らなかった。
それだけ国会議員も国民の反感を恐れたということだろう。
今回、正当な理由もなく受信契約を結ばない世帯にNHKが割り増しした料金を要求することを可能にし、これが受信契約義務違反に罰則を設けることだと気が付かれないようにしたのはこのような経緯を踏まえてのことだ。
これを姑息といわずしてなんといおう。
さらに、今回の改正では国民の目をそらすために、抱き合わせで、受信料値下げが示唆されている。
朝三暮四もいいところだ。
しなければならないのは、受信料の廃止であって、値下げではない。
これから1年ごとに3分の1ほど値下げして、3年後無料にするというなら話は別だ。
だが、そのつもりはないらしい。
そもそもこの値下げは、NHKとか総務省が胸を張れるものなのか。
NHKは特殊法人であり、利潤追求のための企業ではない。
株式会社なら黒字を出せば、それを出資者に配当しなければならないが、特殊法人は、それをしないのだから黒字が出たのなら収支バランスがゼロになるよう料金を下げなければならない。
NHKが徴収した受信料の総額がコンテンツ制作部門と送出部門の運営のための経費を上回って剰余金が出るなら、値下げするのは当然のこと。
なにも放送法を改正するまでもなく、NHKが自発的にすべきことだ。
ところが、放送法をよんでわかるように、受信料に関わることは、総務大臣の許可を得ることになっている。
つまり、NHKが受信料を取り過ぎて、過剰金が生じたときは、豪壮な放送センターを建て替えたり、受信者も怒り出すような高給を従業員に払ったりすることに使うのではなく、値下げに回すという当然のことをするのに、国会に諮ったうえで、総務大臣の許可を得る必要がある。そこで、今回の法改正となった訳だ。
したがって、この改正法を提出した国会議員が、受信料の値下げに道を開いたと胸を張るとすれば、それはとんでもない勘違いというものだ。
むしろ、もっと前にすべきだったことを、今まで放置してきたと非難されるべきなのだ。
だから「値下げ」という言葉に騙されてはいけない。
誘導尋問的アンケート
現在、世界で、とくに若者の間で、公共放送どころか、テレビ放送そのものが見られなくなっている。
つまり、放送から動画配信へのシフトが進行中だ。
これは前から起こっていたことだが、コロナ禍によって加速した。世界中の人々は放送コンテンツよりも、YouTubeやアマゾン・プライム、Netflixのような動画配信コンテンツを多く見るようになっている。
放送は、時間が来るまで待たなければならず、録画しない限りは、早送りも巻き戻しもできず、好きなところで止めて、あとでそこから見直すということもできない。
若者がよくやる倍速視聴もできない。
操作性がないのだ。
動画配信ではこれらのことが自由にできる。
しかも、放送なら、シリーズものは週一回で、次を見るまでに一週間待たなければならないが、動画配信は待たずに、集中的に見ることができる。
映画やドキュメンタリーやコメディなどバラエティも豊かだ。したがって、動画配信も一社ではなく、複数社と契約する人が増えている。
人々は動画配信を見るようになった分だけ、放送を見なくなっている。
コンテンツ視聴に割ける時間が限られているのだから当然だ。
これは日本の総務省の情報通信白書でも、イギリスの情報通信庁(Ofcom)のデータでも明らかだ。
そして、複数の動画配信サービスを利用するようになり、公共放送にお金を払いたくないと強く思うようになっている。
だから、イギリスなどでも許可料が問題となっているのだ。
では、NHKが放送ではなく、動画配信に移り、こちらで今まで通りの受信料を取ることは可能なのか。
NHKはどうもそのつもりらしい。
テレビを持たない人や見ない人にインターネットを通じて番組や情報を提供する実証実験を行ったあとの6月2日にその結果を発表したとき、前田晃伸NHK会長は、翌日の産経新聞によれば、こう言ったという。
「NHKがこれまで以上にネットを通じて役割を果たしていくことが必要だ」。
同記事によれば、NHKが行ったアンケート調査で、「ニュースの多角的な理解を助けるサービスは77.3%が『社会にとって必要』と答え、84.3%がNHKの提供に『必要性がある』と回答」したとのことなので彼のコメントはそれを踏まえてのものらしい。
この設問は、誘導尋問もいいところだ。
だいたいタダでサービスを提供されれば、調査協力者は、サービスを使った手前、好意的回答をするのは当然で、社会調査の常識からいっても回答の信用性はゼロだ。
ネットで受信料は取れるか
そもそも、NHKはインターネット、正確にはNTTの光ファイバー回線経由でコンテンツを送るなら、受信料を徴収する理由はなくなる。
それを説明しよう。
1950年に放送法制定のための議論が国会でなされていたとき、当時の電波監理長官・網島毅は受信料徴収の根拠を「第一には、わが国の放送事業の事業形態を、全国津々浦々にいたるまであまねく放送を聴取できるように放送設備を施設しまして、全国民の要望を満たすような放送番組を放送する任務を持ちます国民的な公共的な放送企業体」を維持するためだと説明した。
つまり、あまねく広く日本全国に放送するための放送設備を拡張し、整備し、維持する費用を得るために受信料を徴収するのだとした。
GHQの民間通信局(CCS)は、このような放送インフラは日本の国費を投入して作り、そのかわり民放と共同使用することを主張したが、NHKはこれを拒否した。
放送インフラをこれからライバルとなっていく民放と共用するより、それを独占して相手に使わせたくない、受信料にその費用を転嫁すればそれはできる、そう思ったからだ。
間通信局のほうは、NHKをアメリカの商業放送ネットワーク、のちの日本の民放ネットワークのようにしようと思っていた。
つまりキー局が経営上独立した地方局とネットワーク契約を結び、電話回線(マイクロ波回線)で番組を送ることで全国放送をするというものだ。
ただし、NHK地方局は、規模を縮小させ、運営は受信料ではなく、広告、寄付で賄うとしていた。
アメリカ各地には教育団体や宗教団体が運営する公共目的の放送局があるが、運営されている。
このように計画していたので、彼らはNHKが受信料を徴収して、それまでのように直営地方局を結ぶ全国的放送ネットワークを保持し、それを結ぶ放送インフラを維持、整備、拡張していくことに反対した。
実は、彼らはこのような放送インフラ、つまりマイクロ波リレー網は、拙著「日本テレビとCIA」にも詳しく書いたように、読売新聞社主の正力松太郎に作らせ、電電公社と共同使用させようと考えていた。
そして、戦前・戦中軍部の走狗となっていたNHKはラジオ放送のみにして、テレビ放送への参入を許さず、日本テレビ放送網などを民放にだけ許して、NHKを衰退させ、日本をアメリカのような民放王国にしようと考えていた。
だが、占領の終わりとともに、民間通信局はこの計画を遂行できなくなった。
占領軍が去った52年、GHQの束縛から解き放たれた吉田茂総理は、NHKにテレビ放送免許を与えた。
こののち、NHKは受信料を使ってテレビ放送のための自前のマイクロ波リレー網を建設し、まず、東京、名古屋、大阪を結び、そののち、全国にあまねく広く放送が届くよう人口過疎の離島や山間部にまで広めた。
64年に出された臨時放送関係法制調査会の答申において、「受信料は、NHKの維持運営のため、法律によってNHKに徴収権の認められた『受信料』という名の特殊な負担金と考えるべきである」としたが、この場合のNHKの維持運営とは、衛星放送が始まる前の、放送インフラによってコンテンツを届ける全国的放送ネットワークとしてのNHKの維持運営という意味だろう。
2017年12月6日の最高裁の受信料判決でも、前出の綱島が述べた受信料徴収の根拠を引用して、受信契約義務を合憲として判断している。
つまり、放送インフラを維持するための「特別な負担金」なので、合憲だとしたのだ。
放送を受信せず、通信インフラによって配信を視聴するユーザーには、この放送インフラを整理維持するための「特別な負担金」を払ういわれがない。
どうしても払わせるというなら最高裁判決が邪魔になる。
もともと、この判決は、地上波の放送インフラによらずとも、衛星放送によって、あるいは通信回線をつかったインターネットによって、あまねく全国にコンテンツを届けられるようになっている今日にメディアの現状を無視したものだった。
理由なき「特別な負担金」
受信料判決を批判している法学者・近江幸治も「NHK受信契約の締結強制と『公共放送』概念」で、こう述べている。
「情報伝達手段が発達していなかった昭和40年頃までは、確かに、NHKは、国民の文化向上に対する寄与に大きなものがあり、その意味では、『公共放送』としての価値があった。
しかし、現代においては、情報伝達手段は拡大し、NHKの唯一性は失われたといってもよい。
したがって、放送法六四条一項(受信料規定)は、その歴史的役割を終えたと評することもでき、この意味では、(受信契約を義務と定めた受信料規定を)訓示規定と解する考え方も不当ではない」。
さらにいえば、近江はNHKが呪文のように唱える「公共性」についても、結局それは「民法ではなし得ない役割を担う」ということだが、今日のNHKに「民法ではなし得ない役割」などあり得るのだろうかと疑問を呈している。
また、NHKは広告を放送していないことをもって公共放送だとするが、世界では広告を流す公共放送がほとんどだ。
中国の中央電視台ですら広告で収入を得ているし、BBCも外国に配信するニュースなどには広告を入れている。
NHKのあたりまえは、世界ではまったく通用しない。
前田会長が、全国あまねく広くコンテンツを届けるべく、インターネットにコンテンツをアップロードするための「特別な負担金」を徴収できると主張することは可能だろう。
だが、放送インフラを維持するための「特別な負担金」を国民に要求することはもはやできない。
むしろ、放送から動画配信への転換によって、現在の組織と人員のほとんどが不要になれば、広告とNHK愛好者からの寄付金でやっていけるだろう。
つまり、かえって「特別な負担金」を徴収する理由がなくなるのだ。
あとは、動画配信に関しては、TVerにでも入れてもらって、広告と寄付と有料動画配信などを収入源として、実入りに見合った規模でやっていけばいい。
もはや民放と変わるところはない。
GHQ民間通信局が考えていたことが、70年を経て実現することになる。
今回の改正法は、とんでもない改悪法で、世界の潮流に逆行し、NHKがあるべき姿になるのを妨げるものだといえる。
NHK自身の個人視聴率調査(2019年)ではNHKの総合チャンネルをほぼ半数の人が5分以上見ていない。
総合放送から動画配信へのシフトが止まらず、NHKの地上波総合チャンネルを視聴する日本人がさらに少数派になっていけば、NHK受信料に対する不満は今以上に膨れ上がっていくだろう。
その時、この受信料に関する改悪がいかに時代に逆行する、罪の重いものだったかがはっきりするだろう。
2022.8.10