ホテルマンのシエスタ


スタジオ「ジブリ」 作品

「スタジオジブリ」の名称は、サハラ砂漠に吹く熱風(ghibli)に由来しており、
第二次世界大戦中のイタリア・カプローニ社の偵察/爆撃機の名前でもある(CAPRONI Ca309 GHIBLI)。
紅の豚においてエンジンにGHIBLIの名前もあり、宮崎駿監督の思い入れがうかがえる。

スタジオジブリ作品の中で、これはあくまで私個人の感想ですが、宮崎駿さんの作品以外は特に興味はありません。
 ※高畑 勲(火垂るの墓)除く。
理由は、絵とか作風は似ているが、原作の解釈の仕方に違和感を覚えるのです。
最近の作品では、<ゲド戦記>。全体が暗くのっぺりしている。制作者が何を言いたいのか解らない。
そして、<借り暮らしのアリエッテイ>。お父さんが娘に泥棒の仕方を教える映画。
この映画を見て、返す気もないのに人の物を盗み、それが「借りる」と同義語と子供が理解したら・・・
そして、<こくりこ坂から>・・・監督は何を言いたいのかさっぱり解らない。

タイトル 監 督 公開日
@天空の城ラピュタ 宮崎 駿 1986年8月
Aとなりのトトロ 宮崎 駿 1988年4月
火垂るの墓 高畑 勲 1988年4月
B魔女の宅急便 宮崎 駿 1989年7月
おもひでぽろぽろ 高畑 勲 1991年7月
C紅の豚 宮崎 駿 1992年7月
平成狸合戦ぽんぽこ 高畑 勲 1994年7月
耳をすませば 近藤 喜文 1995年7月
Dもののけ姫 宮崎 駿 1997年7月
ホーホケキョ となりの山田くん 高畑 勲 1999年7月
E千と千尋の神隠し 宮崎 駿 2001年7月
猫の恩返し 森田宏幸 2002年7月
Fハウルの動く城 宮崎 駿 2004年11月
ゲド戦記 宮崎 吾朗 2006年7月
G崖の上のポニョ 宮崎 駿 2008年7月
借りぐらしのアリエッティ 米林 宏昌 2010年7月
コクリコ坂から 宮崎 吾朗 2011年7月
H風立ちぬ 宮崎 駿 2013年7月



2013年7月30日記



宮崎駿の作品は、概ね好きだが、最後の<風立ちぬ>はいけません。
まず気がついたのは、今までの宮崎作品にはすべて「の」がついているのに、この最後の作品にのみついていません。

この作品は、最初、宮崎駿さんは子供向けではなく、夢もないので作りたくなかったようです。
しかし、何度もあきらめず勧める鈴木プロデューサーに最後は根負けして作ることになったと鈴木さんのエッセーに書いてありました。

テーマは戦争と零戦。この悲劇の零戦とは、開戦初期のみ戦果をあげたが、米国が分析したら欠陥だらけの戦闘機という事がバレて、グラマンの格好の餌食となります。
ドッグファイトが極端に弱いので、爆撃機や戦艦の護衛も出来ず、結局は特攻機としてしか使えない為、多くの若きパイロットが無駄死にとなりました。

零戦は、スピードと航続距離を出す為、翼を極端に薄くし、更に板金に穴をあけたので、ドックファイトで急降下から急上昇すると空中分解する。
更に軽くするため燃料は翼に。そして敵弾からパイロットを守る為一番大事な防護板までも取り払っていたことにアメリカは驚愕。
(後に、こんな危険でパイロットの命を軽視した戦闘機をどんな人が設計したんだろうと米国TVは語っている)
グラマンは零戦を見たら2機で交互に急上昇から急降下で翼を狙って攻撃・・を繰り返し、ほぼ勝てたという。


そんな飛行機を作った人達は戦後、裁判にもかけられず、技術者として大企業に戻り、エリートの道を歩みます。
風立ちぬでは苦悩する姿を多少描いているが、結局、軍部のいいなりとなって生き抜きます。

「の」をつけなかったのは宮崎監督の最後の抵抗?。この作品を最後に宮崎さんは引退しました。
残念です。

※谷村新司 ⇒ 群青


※宮崎駿監督が辞め、残念だが才能がない息子の宮崎五郎氏が社長になったら、多分、スタジオジブリは無くなる・・・かも・・・