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心の病気

「芸能人は心を病みやすい」は本当か? 3つの相関可能性

            

◆山本恵一 Doctorの「健康と病気>心の病気」から。
メンタルヘルスライター、心理学博士。
立教大学大学院卒、元東京国際大学心理学教授。



お笑いコンビNON STYLEのボケ担当・石田明さんが、20代中盤に「うつ病」を患っていたことをテレビ番組『黄金列島』内で告白しました。
芸能人には、うつ病をはじめとした「心の病」を経験している人が多いと言われています。
それはなぜでしょうか?

想定される3つの可能性を考えてみました。
 クリエイティブな人は変わり者?石田さんに限らず、芸能界は個性的・独創的な人の集まりです。
そういう人でないと生き残っていけない世界と言えます。
こうした「個性派」は、別の見方をすれば奇人・変人ともいえ、生まれ育った境遇や、芸人のキャリアへと至る人生が一般的ではなかったという話もよく聞きます。 
そうした過去のエピソードは、バラエティー番組などで面白おかしく伝えられることもあります。
例えば、非常に貧しい境遇に生まれた、両親が離婚した、親がアルコール依存症だった、変わった子供でいつも孤独だった、親が有名人で普通の親子関係や生活ができなかった、下積みが長くて虐げられていた……などといった過去を持つ芸能人は、珍しいものではありません。
そうした個性的なキャラクターを作り出してきた過程が、精神疾患になりやすい体質や条件を作り出していたことが、第1に想定されます。
もちろん、苛烈な過去を持っている人が必ず心を病むわけではありませんが、精神面に大きな影響を与える要素なのは確かです。 

芸能界に特有の過度のストレスが疾患をもたらす第2に想定されるのは、芸能界特有の変則的な生活や、「人に見られる仕事」が持っている高いストレスがもたらす精神疾患の可能性です。
分刻みのスケジュール、昼夜を問わない現場、不規則な休み、弁当ばかりの偏った食生活、過度の飲酒──といった生活が、肉体的にも精神的にもよくないことは誰の目にも明らかです。
 そうした生活習慣よって、睡眠不足が続いて抑うつ状態になったり、自律神経が極端に乱れてパニック障害に陥ったりしても不思議ではありません。
石田さんも20代当時、何日も台本を書き続けても気に入ったものが仕上がらず、「自分は無能なのではないか、ダメなのはないか」と落ち込み続け、自分を責め続ける生活が続いたと語っています。 
また、芸人だからといって全員が社交的で明るい性格とは限りません。
多かれ少なかれ、人前に出るのはストレスになります。
慣れてしまえばスポットライトを浴びるのは快感になってくるかもしれませんが、駆け出しの頃は極度の緊張を強いられたでしょう。
そうした緊張状態を長期間続けることが、心身をむしばむというケースも考えられます。 

さらに、人気商売で売れれば引っ張りだこで収入もすごいけれど、若手のうちは同期や後輩が先に売れていくと嫉妬やひがみに襲われることもあるでしょう。
自分が将来売れるという保証もなく、売れなければアルバイトをしないと食べていけないといった格差の大きさなどもあって、芸能界でうつ病などのリスクが高いのは、むしろ自然なことと言ってもいいかもしれません。 
「燃え尽き症候群」と「空の巣症候群」第3に想定されるのは、芸能界は「はやり廃り」が激しい世界だということです。
かつては売れっ子だったのが、旬を過ぎ、以前より仕事がなくなり、時間に余裕ができると、忙しかった時に溜め込んでいたストレスが一気に表に出てきてうつ病になる可能性が考えられます。
芸能人に限らず、そうしたケースは「燃え尽き症候群」(バーン・アウト症候群)と呼ばれます。 

また、人気が落ちて仕事が来なくなり、「もう自分には存在価値がないのでは」と無気力になり、うつ病などの精神疾患をきたす場合もあるでしょう。
こうしたケースは、「空の巣症候群」と呼ばれるものです。
感情労働に多いバーン・アウト肉体労働・頭脳労働と並ぶ言葉として、2000年頃から注目されてきた「感情労働」。
客室乗務員、看護職、介護職、コールセンターのオペレーター、ホスト・ホステス、秘書、銀行のカウンター業務など、笑顔や気持ち、あるいはその抑制や緊張、忍耐が必要とされる労働を指す言葉です。
サービス業を象徴する言葉であり、言わば「感情」を売り物とする仕事です。

芸能人は、観客を笑わせたり感動させたりするために自らの「感情」を商品とする感情労働の典型と言えるでしょう。
その感情労働に携わる人に多いのが「燃え尽き症候群」と言われています。
つまり、気持ちがすり減ってしまってうつ状態に陥ってしまうのです。
日常生活や、気心の知れた人間関係の中で自然に湧き起こる笑いや感情ではなく、芸能人が挑んでいるのは、人々の感情を人工的に刺激すること、言わば「つくられた感情」の創出です。
とりわけテレビは、そうした「つくられた感情」の出来を視聴率という数字で計る世界。
自ずと、要求されるハードルも上がり、芸能人たちは本人が意識しないところで追いつめられているのかもしれません。