ホテルマンのシエスタ



お金のために神経をすり減らしていませんか?

英国流幸せ哲学とは



前年比2割減、3割減は当たり前。「年収崩壊」とまでいわれるこの時代、幸せに生きるにはどうすればいいか。
お手本は成熟社会の代名詞イギリスにあった。

世界の金融センターであるロンドンは世界一物価が高い都市としても知られています。
金融危機に直撃されたいまも、中心部では高年収のエグゼクティブが肩で風を切る姿が見られます。

とはいえ、一般のイギリス人は概して日本人よりも低い収入で質素な暮らしを送っています。
質素だから不幸なのではありません。
むしろ、年収が高い日本人よりも精神的には充実した生き方をしています。

どこが違うのでしょうか。

いまの日本人は老後に対する不安がとても強いといわれます。
不安解消のためにすがるのは「お金」しかありません。

「退職金や年金だけでは絶対に足りない」と思い込み、若いころから貯蓄や利殖に励む人も大勢います。

ところが、お金とは不思議なもので、いくら増えても不安感を消し去ることはできません。

一方のイギリス人は、収入が低いうえに貯蓄高も知れています。
もともと「お金は一代で使い切るもの」という発想があるからですが、それでも不安を持たずに生きられるのには理由があります。

イギリス人にとって老後の安心のもとは住宅です。
まず20代で古い小さな家を購入し、増築したり自分で内装を工夫したりして高値で転売し、少しずつ大きな家に移っていく。
やがて子どもが独立したら小さな家に住み替え、そこで生じた差益分を老後資金にあてるというライフプランです。
貯金をする代わりに、家に手間ひまとお金をかけるのです。

住宅と預貯金とでは意味合いが異なります。
住まいは人生の土台であり、実際に毎日使う場所であり、手に触れることのできる実体です。
しかし預貯金は、目に見えない数字の羅列であり、抽象的な存在です。

日英の幸福感の差はこのあたりからきていると思います。

福祉国家イギリスといっても、公的年金がとりわけ手厚いわけではありません。
あるとき、月額約8万円の年金を受けている一人暮らしの70代女性に「それだけの金額で不安はないですか? 」
と尋ねたところ、「まったくないといえば嘘になりますが、いま十分に楽しいですよ」という答えが返ってきました。
その人は、自分の家の一部屋に知り合いの子どもを下宿させ、家賃をもらっています。
建築規制が厳しいイギリスでは慢性的に家不足なので、都会でも地方でも下宿人を置く家庭が多いのです。
そのうえで、この女性は趣味の絵を描き、いくらかの収入を得ています。

貯金や利殖に神経を使うのではなく、いま現に住んでいる家を住みやすく、美しく手入れすることで価値を上げていく。
地に足の着いた生き方をすることが、彼らの幸福感につながっているのです。

  井形慶子  8月11日プレジデントより